谷村・星原法律事務所

自転車ヘルメットの義務化について

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 令和5年4月から,自転車のヘルメット着用を努力義務とする道交法上の条文が施行されました(道路交通法63条の11)。北海道警察でも啓発活動を積極的に行っています。
https://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/info/koutuu/jitensya/5_rule/5-rule.html
 私自身は,もう10年近く自転車に乗るときはヘルメットをかぶっていますので,あまり変化はありませんが,よく受けるのが「努力義務なので,かぶらなくても問題ないですよね。」という質問です。

 刑事罰の適用はないけれども,万が一のことがあると,かぶっていないことによって損をするかも知れませんよというのが,この質問に対する私の回答です。

1 刑事罰

 道交法上に,今のところヘルメット着用(努力)義務違反としての罰則は定められていません。ですので,ヘルメットをかぶっていないとしても罰金(行政上の過料を含む)を取られることはありません。
 その意味で,刑事法上は問題ありませんよというのが一つ目の回答です。

2 民事賠償

 自転車も道路を走る「車両」ですので,事故の危険はつきものです。自転車が加害者側になる場合(自転車が歩行者をはねたなど)については,ヘルメットをかぶっている,いないに関しては,大きな影響はないと思います。
 問題は,被害者になった場合です。

 あまり考えたくはありませんが,どうしても,自動車と自転車の事故が発生した場合には,自転車側に大きな損害が発生することが一般的です。
 自動車事故の被害賠償の判断については,おおまかに過失責任割合と損害への因果関係に分けられます。

 過失責任割合は,どちらにその事故の発生・結果に対する「原因」となる注意義務違反・結果回避義務違反があったかその割合がどの程度であるかというものです。
 例えば,一時停止を守らなかったとか,壊れたブレーキのまま自転車を運転していたような事実があれば過失責任の加重があります。

 一方,因果関係は,発生した傷害や場合によっては死亡の結果が事故に起因するかどうかと言う判断基準です。
 事故で転倒した自転車の運転者が,後に脳障害を負った場合,それが衝突によって転倒した結果道路上の何かに頭部をぶつけて生じたものであることが明確であれば,因果関係があると言えますが,以前から,病気等別の要因でその危険性があった場合には,素因があったとして,一部,または全部の因果関係が否定される可能性もあります。

 この2つの点が,ヘルメット(努力)義務化の影響を受ける一番の問題だと思っています。

 この点,従前の判例では,ヘルメットの着用の有無を過失割合の加重に勘案しないとするのが一般的でした。ところが,令和4年8月22日の東京地裁で下された交通事故の判例(令和2年(ワ)第70号)で,東京都の「自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」(平成25年施行)で,ヘルメットを着用努力義務が明記されているにも拘わらず,これを着用していないことによって重大な傷害を受けた事案で,ヘルメットをかぶっていない自転車運転者の過失責任の加重を若干認めた判例があります。
 なお,同様の努力義務については,平成30年に定められた北海道自転車条例においても,以下のとおり定められています。

第5条 (第1項略)
2 自転車利用者は、自らの安全を確保するため、乗車用ヘルメットを着用し、及び夜間においては自転車の側面に反射器材を装着するよう努めなければならない。
(以下略)

 また,法令上の義務として罰則も設けられているバイクのヘルメット着用義務違反をしたまま乗車していた者の事故においては,一般的に判例はヘルメット非着用を過失の加重要因として認定しています(たとえば大阪地裁令和2年3月6日判決 平成30年(ワ)第7670号)。

 これまでは,自転車ではヘルメットの着用が法律上の義務ではなかったので,ヘルメットをつけていようとそうでなかろうと,大きく過失責任に影響することはありませんでした。また,ヘルメット着用の有無に拘わらず治療費や後遺症も含めて,事故と傷害・後遺症の間に「事故がなければ,その傷害・後遺症が発生していなかった」という関係があれば,原則として賠償の対象になっていました。
 ところが,ヘルメットの着用が努力義務とは言え定められると,「ヘルメットをかぶっていること」が法律上は通常の状態になります。
 そうすると,そもそも,ヘルメットをかぶっていないこと自体が当初より過失の加重要素として評価される可能性が高くなります。また,ヘルメットをかぶらずに事故に遭って,傷害・後遺症が発生した場合,もうワンクッションとして「ヘルメットをかぶっていても,同様の傷害・後遺症が発生していた」ことの立証を被害者側に要求される可能性が出てきます。立証を要求されると言うことは,ヘルメットをかぶっていても同じ傷害を受けたことが証明できないと,その分払ってもらえる賠償金が減額される可能性があるということです。

 実際には,支払ってもらえる額については裁判所の運用や保険会社の約款にもよりますが,法律で着用(努力)義務が定められたと言うことは,かぶっていることを前提にいろいろなものが決められるということです。
 なお,損害保険などの約款を調べてみると,ヘルメット着用の有無によって,保険金の支払い等に差を設けているものは既に存在しますが,自転車ヘルメットの着用努力義務を定めた法律施行の影響があるかは確認していません。

 以上のお話を,念頭に,私自身はヘルメットをかぶらないことについて,問題ないかと問われれば,万が一事故に遭った場合には,事故の賠償請求で不利益を受けるかも知れませんよとお答えしています。

(文責:谷村庄市)